東京都議会のセクハラやじ問題もいずれ「そして誰もいなくなった」になるかも?

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東京都議会におけるセクハラやじ問題ですが、当初はすっとぼけていた自民党都議が結局は事実を認めて会見をするという流れになっております。
この機会を逃してたまるかと野党やマスコミが責めまくってます。

個人的にはセクハラやじは最悪だと思うし、そもそも持論としては「やじ」なんて必要無いと思うわけです。
時代錯誤な議員連中が「やじは議会の華」「たまにはセンスのいいやじがある」などと言っていますが、もうアホかと・・・。

「やじ」自体をダメにすれば問題無いのです。
反論があれば議会の発言の場で反論をすればいいのです。
強行採決などをされたときに議場が騒がしくなるのは仕方ありません。
でも通常の議会が行われているときに、相手をバカにするようなやじをやって意味があるのでしょうか?
その「やじ」を聞いて有権者が感動するのでしょうか?
子どもにも見せてあげたいと思うのでしょうか?

議員は市民の代表であるということを完全に忘れていないでしょうか?
飯の種としか思っていないのでしょうか?
守りたいものが国民ではなく、議員である身分ではないでしょうか?

そう思うと、今の議員サンたちがとても信用して見ることができなくなってきます。

そして「やじ」を言われた側として、今は聖人君子のように扱われている野党側も本当に「やじ」言ったりしてないのでしょうか?
いずれこの報道が泥沼化して、結局ほとんどの議員がアウトになってしまうという事態になりそうな気すらしてきます。

まさに「そして誰もいなくなった」という世界です。

「やじ」だけが問題ではなく、各議員が本当に国民や国益のことを真剣に考えていますか?と問いたいです。
ただの職業政治屋になっていないですか?
どうやって儲けてやろうとか、くだらないことを考えていないでしょうか?

マスコミも正義を振りかざしているように報道をしていますが、本当はもっと面白いことが起きろとか思っていませんか?
公平に取り扱うということを忘れて、自分たちが政治を動かしていると勘違いしていないでしょうか?

政治もマスコミもその周辺にいる人も、本当に「真面目」に物事を取り組んでいますか?
国や国民に「正しいことをしている」と自信を持って言えますか?

政治もマスコミも国民もエゴな人になっていないことを信じていたいものです。