ブログを書き続けること、それは自分の生きている証拠を残すことと生存確認

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ブログを結構マメに書き続けています。
「何の得になるのか?」というと特に何もありません。
ブログでガッツリ暮らすなんていう姿もとても想像がつきません。
そもそもそんなことがあるのかとすら思えてきてしまいます。

じゃあ、なんで書いているのか?

それはもちろん「何か世間に叫んでいたい」的な心が自分の中にあるからだと思います。

不思議と毎日「何か言いたい」という衝動に駆られます。
もちろん二日酔いなど体調がイマイチの日には、ブログは書きません。
そこまでして書くほどの使命もありませんから。

何か言いたいが次々と出てくる

何かの「テーマ」があればそれに条件反射のように何かが言いたくなったりしてしまいます。
いままでは心の中で思っているだけにしていたのですが、それだと忘れてしまってなんだかすごくもったいないよなぁなんて思うわけです。
そう思うとブログというシステムはとても便利であって、自分がそのときに思っていたことが記録されます。
記録されるどころか他の人に読んでもらえます。

誰かが共感してもらえるだけでも、なんだかうれしい気分になってしまいます。
これは承認欲求というヤツなのでしょう。
煩悩みたいなものなのかもしれませんが、それがブログを書くモチベーションのひとつであることは間違いないでしょう。

それに日々、書き続けるということはワタシが生きている証拠を残す行為でもあります。

遠くの友人が「ああ、元気でやっているのだな」などと思っていただけるだけでもありがたいものです。

ブログとは生存確認である

そんな書き続けているブログがある日を境にパタッと止まったとき、ブログを見てくれている何人かの人が「何か異変が起きている」と思ってもらえたら最高です。

仕事が忙しくてブログを書き続けることができないということもあるかもしれませんが、それでも短い文章でいいのでブログを更新することは可能でしょう。

仮に病気のときでも入院中で時間だけが豊富ならブログを書くことも可能でしょう。

本当にブログの更新が止まっているとき、きっと何かが起きているはずです。

それは精神的に完全に落ちているときであったり、肉体的にブログ更新が不可能という場合です。

そんなときに誰かが心配をしてくれるだけで、ブログを書いているワタシ本人は「ありがたい」と思っているわけです。

ただの文字データにすぎない存在が、心配してもらえる。
それだけで十分に幸せなのです。

 

ブログを書き続けることによって、いろいろな反応を得ることができるかと思います。
ワタシにとってはブログを書き続けることは、自分自身が生きている証拠みたいなものなのです。

 

トピック「書き続ける」について

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