月に1万円以上使うなら「お金がかかる趣味」という記事を見て、趣味ってお金が基準じゃないのでは?と思った件

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バラ色の老後を過ごすためには、趣味も見つめ直さないといけない世の中になってしまったのでしょうか。

こんな記事が出ていました。


月に1万円以上使うなら「お金がかかる趣味」 :20代から始める バラ色老後のデザイン術:マネー :日本経済新聞

著者によるとバラ色の老後のためには、今の趣味が「月に1万円以上使うのなら」リストラをすべきという意見です。

なんかこれを読んでいて「ちょっと違うのじゃないかなぁ」なんて思ったりしてしまうわけです。

高額な趣味と低額な趣味

あくまで著者の考えたサンプルですがお金のかかる趣味というのは以下のとおり。

【お金がかかる趣味】
 コミック アニメーション ゲーム 芸能人・アイドル 観劇(映画) 音楽鑑賞(コンサート) ITガジェット 自作PC AV機器 車やバイク 旅行(国内・海外) グルメ ファッション カメラ 鉄道ファン コレクター(骨董等) ギャンブル タバコや酒

 そしてお金がかからない趣味は以下のとおり。

【比較的お金がかからない趣味】
 ネットブラウジング SNS カラオケ 友人とお茶飲み話 美術鑑賞 散歩・街歩き 歴史マニア 純文学ファン 美術創作(絵画や作陶など) 俳句や詩を書く スポーツ(自分でする場合と観戦する場合) ペットを飼う 

 ツッコミどころはいくつもあるわけですが、そもそも趣味ってモノはお金がかかるとかかからないとかの問題じゃないく本人が好きかどうかだと思うのです。

だからお金がかかるといって本人が好きなことを奪うのは、いかがなものなのだろうかと。

もちろん趣味の高額な「何か」を買おうとするときには、それなりに財産が減るわけですが、その趣味だからといって本人が全ての高額な品を買うとは考えにくいです。

やはりどこかで諦めるという思考にいたるであろうし、スペックとかを考えて「これは買わない」なんて考えたりするのがそもそも趣味なのではないでしょうか?

好きなことを諦めてまで心配しなくてはいけない老後

趣味を諦めなくてはいけない理由というのは、老後の資産を蓄えておくための準備であると著者は述べています。

もちろん老後の資産については誰もが心配であろうし(資産だけではないだろうが)、誰もが安心して老後を過ごしたいと思っている。

だがしかし、自分の好きなことを諦めてまで老後に向かっていく人生というのは果たして幸福なのだろうか?

自分の楽しみがあってこそ、日々の生活に活力が湧くのでは?

それこそ新型のiPhoneのことを、買うべきかどうかを頭の中でシミュレーションするのが楽しかったりすると思うのです。

でもそんな趣味は「月1万円以上かかるからリストラせよ」なんて言われたら、自分が生きる気力が減衰してしまうことでしょう。

趣味ってお金を基準に考えるモノなんかじゃなく、自分が好きだからやっているということだと思うのです。

だからこそ、こんなリストラ案なんて意味が無いと考えてしまいます。

 

この耐えきれない将来に対する不安にお金を貯蓄というのは良い対抗策だということは、間違いありません。

ただ、今現在を生きている自分を抑制してまで貯蓄に走るというのは、人生がなんだか面白味が無くなってしまうような気がするのです。

「老後のために現在生き働き続けている」というようなことになるのではないでしょうか?

目標が「老後」では、今できることができなくなってしまうと思いませんか?

今を思う存分に生きることこそが重要だと、ワタシは思っています。

※ただし散財だけはしないように!