「モテたい意識」しぼむ若者 異性より自分が好き 。とまたマスコミがレッテルを貼りに来た件

f:id:muralog:20140916183025j:plain

どうも最近の若者は自分がモテようと思っていないらしいとの記事が載っていました。

普通に思うのです「さすがにそれは無いだろう」と。

恒例の「今の若者はシリーズ」が新たに出来たようです。


「モテたい意識」しぼむ若者 異性より自分が好き :日本経済新聞

「異性にモテなくても結構」という気分が若者の間に広がっている。モテようとして無理に努力を重ねるより、自分の気分や好みを大事にしたいと思う若者が多数を占めるようになっているのだ。日経産業地域研究所が実施したインターネット調査でも、こうした実態が浮かび上がった。

 たしかにアンケート結果として残っているのだから、そういう結果もあるのでしょうが内容的には「今の若者が〜」と言いたいだけの内容です。

「モテ意識」とやらが後退していて、それが婚姻現象の原因だと

「生活のなかで異性にモテるかどうかを気にする」ことが多い人(「多い」と「まあ多い」の合計)は4割に満たない

過半数の若者たちが、モテ意識を持たない「脱モテ意識」層(以下、脱モテ派)となっている。

 なんとなく思うのですが、モテるかどうかを意識してるような人って普通にそんなもんじゃないでしょうか?
待ち歩く若者のほどんどがモテを意識して歩いていたら、逆にそれはそれで非常に気持ち悪いわけです。

どう見てもイケてない人とかまで「モテ意識全開」で歩いていたら、それは普通におかしいだろうと思うわけです。

だからといって「脱モテ意識」に凝り固まっているとも到底思えないのです。

ただ単に「普通に暮らしていたい」と思っているだけで、ギラギラした「モテ意識派」なるものは少数だと思います。

しかし記事ではやはりモテ意識が高いことによって、結婚増にもなると言いたいようです。

なんとも言えない強引な記事ではありますが、要するに若者の考えていることは非常によろしくないということなようです。

そこまで決めつけなくてもいいのではないだろうか?

記事では脱モテ意識派は消費意欲もモテ派と比べると少ないようです。

脱モテ意識は、消費行動にも大きな影響を与える。「1カ月に自由に使える金額」の使い方にもそれはよく表れている。
「自分の好きなことへの支出」「ファッションや外食、レジャーなどで異性を意識した支出(以下、モテ支出)」「その他の支出」に分けて見ると、脱モテ派は当然、モテ支出の割合が少ない

「モテ支出」って何だよ!ってツッコミたくもなりますが、とりあえず脱モテ意識派は自分の好きなことに支出をしているそうです。

そりゃそうでしょ。と言いたくなります。

ある程度の収入があればいいのですが、それなりに切り詰めていかないといけない場合は基本的には自分の好きなことや必要なことへの支出割合が増えるはずです。

特に付き合っている人もいないのに「モテ支出」なんてしたところで、自分にとって意味があるとは到底思えません。

何かあるたびに「若者が〜」はそろそろやめてみては?

要するに今の婚姻数の減少は若者の責任であると言いたいようですが、何でも若者のせいにして短絡的な解決を図るというはよくないと思うのです。

若者は大人には理解できないという構図を作って、簡単に議論を終わらせたいという考えは昔からずっと続いています。

そしてそれは議論をしたところで、明確な解決方法が得られたことは少ないでしょう。

ただ理解できないだけで、もはや宇宙人のような扱いをして「ああ、かわいそうに」と思っているのです。

普通に現代社会を生きていけば、ライフスタイルが変化するのは当然なことです。

ですがそれを昔と比較して、まるで昔のほうが良かったと主張することというのは意味がありそうで実は全く無いと思えるのであります。

 

いつまで経ってもこの手の議論は無くなることは無いでしょうが、そろそろこの手の議論はやめてみては?と思ったりしてしまうのです。

広告を非表示にする