蛭子能収「ひとりぼっちを笑うな」を読んで、孤独との付き合い方を考えた件

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漫画家の蛭子能収さんの本「ひとりぼっちを笑うな」を読みました。

ずっと蛭子能収さんの奇行に興味があり、ついに「きたっ!」という感じで本を入手。

この本の内容としては蛭子さんが語る「孤独論」みたいな内容です。

もちろんそれ以外にも、生い立ちや前妻との死別などについても書いてあります。

 

蛭子さんのスタンスというのは、基本ひとりで居たいというものです。

「友人が果たして本当に必要なのか?」と蛭子さんは問うてきます。

その言葉に思わず、考えざるをえない雰囲気になりました。

 

友人は本当に必要なのか?

蛭子さんは友人なんていると逆に気を遣ってしまうから必要無いと主張しています。

友人の時間を奪ってしまっていいのだろうかと蛭子さんは思っているのです。

それは逆を言うと、自分がグループの中にいると居心地が悪くなってしまうからだそうでえす。

 

確かに集団の中にいると、何か見えないモノに縛られているような感覚はあります。

まあ、それだけで友人がいらないという理論には自分としてはならないのですけどね。

蛭子さんは人に迷惑をかけたくないという思いが高じて、最終的には友人はいらないと言っています。

 

しかし、蛭子さんは友人はいらないが家族は必要と言ってもいます。

それも血のつながった子どもではなく、妻が必要だと。

子どものことは蛭子さんは、あまり考えたことがなかったようです。

 

休日には前日から準備をする蛭子さん

蛭子さんは、イメージ的にはダラダラしてそうな感じがあります。

しかしながら、そのイメージとは逆に休日はかなり活動的です。

家でダラダラすること自体は嫌いだそうです。

 

朝8時には外に出て、競艇場に行き、昼は映画館そして夜はまた競艇場か雀荘に行くというアグレッシブな休日です。

競艇多すぎだろ!」と思ったりもするのですが、趣味なので仕方が無いでしょう。

蛭子さん曰く、競艇を楽しんで静かに負けて帰るそうです。

 

前日から休日の予定を考えて、ニヤニヤするという蛭子さん。

ワタシもついつい、そんな生き方も悪くないなと思いました。

やっぱり何か楽しみがあるということって、小さなことでも幸せですからね。

 

蛭子さんから学んだ孤独との付き合い方

現代社会に生きていると、どうしても孤独になるということは免れないと思います。

友人だったと思っていた人が、ある日突然に消えてしまったりすることもあるでしょう。

そんなときに自分は孤独だと思い込むのは、良くないということです。

 

孤独であることは自由でもあることだと蛭子さんはいいます。

無理矢理に誰かと繋がっていなくても、問題ないしそれでいいと。

どうしても自分が孤独だと思い込んでしまっているとき、ついつい弱気になってしまいます。

でも実際はそんなことを心配することなく、自分のやりたいことを気ままにやり続ければいいということなのでしょう。

 

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