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今だから言えることですが、SNSなどネットを使えば案外他人は助けてくれる可能性がある件

ネット関連 生きかた・考え方

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よくLINEなどのSNSでいじめがあったりして、ネット空間というのはどちらかというと孤独な要素が強いのではないかというイメージがあります。

Facebookなんかでも、ひたすら料理の写真が出てきてリア充アピールだけかよなんて思ったりして本当に個人的な使い方ばかりなのかとすら思ったりします。

でも視点を変えるというか使い方次第では、案外SNSなどのネットを駆使していけば「他人」が助けてくれるのじゃないかと思い始めたのです。

 

例えば個人の事業者が仕事が無くてピンチなときとかに、Facebookなどのネットが助けてくれる可能性というのもゼロじゃないなと。

 

ネットで自分がピンチなことを呼びかければ助かるかも?

もちろん普段の言動などの行いが非常に大事な要素だと思いますが、普通に自分のことを発信していけば結構な割合でそれを見ている人がいるのです。

そんな人たちに向けて自分がピンチであると公表すれば、直接的じゃなくても間接的にはなんらかの援助が期待できると思うのです。

 

例えば、自分が失業した場合で仕事先が見つからないときに、そのことを思い切って書いてみると誰かが「そういえば知り合いの職場で空きがあって、誰かいないかと言われたよ」なんてメッセージがあるかもしれません。

下手にハローワークに行くくらいよりも、余程の高確率で転職できるチャンスがあるということです。

 

もちろん自分のつらいことをわざわざネットで公表するなんて、とても自分のプライドが許せないという人もいるでしょう。

だけど、その壁を突破できる人のみが本当にネットを駆使して効果的に使用していると思います。

 

プライドを取るか、実利を取るか?

下手なプライドなんかのために、せっかくのチャンスを失うというのはなんだかもったいないと思わないでしょうか?

せっかくSNSで自分の日常を語っているならば、そこで起きるかもしれないチャンスというのを認めてみるべきです。

もちろん相手への義理というのは発生しますが、その義理を丁寧に大事にしていけば更にチャンスは広がっていくと思います。

 

ここで言う「他人」というのは、本当に「ゆるいつながり」のある人たちです。

案外この「ゆるいつながり」である層の人たちが、自分のピンチを救う可能性があると思います。

何も無くても「親友」というのは自分の悩みに乗ってくれたりします、でもこの「ほぼ他人」である「ゆるいつながり」の人たちというのは案外助けてくれる可能性があるわけです。

 

だからこそ、微妙な距離感の人たちとの「ゆるいつながり」というのが非常に大事になっていくのではないでしょうか。

 

今週のお題「今だから言えること」

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