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「リア充」「意識高い系」という言葉は、どうしてこうも人を不快にさせるのか?

生きかた・考え方

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テラスハウス」の劇場版が人気のようで、1位を取ったそうです。

みんな「リア充」的なのが嫌だといいながら、結構好きなんだなぁなんて思ったりしてしまいます。

そういうワタシも実は気になっていて、コッソリと見に行こうなんて考えていたりしています。


『テラスハウス』初登場1位『ベイマックス』快進撃を止めた | ORICON STYLE

しかしながら、ネットではこうした「意識高い系のリア充」というのは非常に不人気であります。

どちらかというなら蛭子能収に代表されるような「ぼっち系」のほうが人気です。

なぜ、こうも人は「意識高い系」や「リア充」が嫌いなのでしょうか?

 

彼らは常に人をいらつかせる

「意識高い系」や「リア充」の人たちがなぜ、人をいらつかせるのかと言うと、そこには常に彼らが思う「自慢したい」という気持ちが全面に出ているからでしょう。

とにかくTwitterFacebookInstagramなどにリア充感全開の写真を投稿するあたりに、他人をイラッとさせる要素があるのではないでしょうか。

別に黙っておけばいいことなのに、それを押しつけるような感覚がどうしても他人には受け入れがたい現象を起こすのだと思います。

 

そんな投稿がひたすら続くことにより「こいつは嫌な奴だ」なんて思ったりしてしまうのです。

もちろん彼ら意識高い系のリア充にとっては悪意は無いのですが、不思議とSNSに投稿をしないといけないかの如く投稿しまくってくれます。

たまにすごい人になると不思議なポエムまでついてくるというオマケもあります。

 

人をイラッとさせることにおいての意識の高さがバツグンです。

たまにSNSに投稿するくらいなら「ああ、イベントがあるのだな」なんて思う程度ですが、不思議と毎日のようにSNSに投稿してきます。

これが怒りのスイッチをONにしている要素のひとつであるのは間違いありません。

 

誰も彼らを止めることはできない

リア充情報のゴリ押し発信」をし続ける彼らを止めることは誰もできません。

「ウェーイ!」なんて言いながら笑顔で映っている写真や、コース料理なんかを見続けることになるのです。

 

見なければいいという意見もあると思いますが、それでもなぜかパソコンの画面に出てくるのが彼らの特徴です。

そしてSNSを完全に絶ったとしても、メールで写真を送りつけてくるのが彼らの凄さです。

誰も彼らを止めることができないのです。

 

もはやそうなると我々「非リア充派・意識低い系」は、ひたすら発信される意識の高い情報を見続けるしかありません。

こちら側が発信をしようとしても、もともとたいしたネタを持っていないので圧倒的に不利です。

せいぜいTwitterに愚痴を書くくらいなところでしょう。

 

そのようなわけで結果的には、彼らを止めることができないということです。

我々はひたすらにイラッとしないように寛容な目で彼らの投稿と戦うしかないのです。

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